安土桃山時代 市町村 事   項
1572年 元亀 3年12月22日 三方ヶ原の戦い
1573年 元亀 4年 1月11日 新城市 野田城の戦い  武田信玄により、城の水源を断たれて城を明け渡す  武田信玄 帰国の途で死去。
天正元年 新城市 奥平仙千代の墓 奥平貞能 とその子貞昌 徳川家康就き、武田勝頼 は人質の奥平仙千代を処刑
天正元年 8月 新城市 古宮城 奥平・徳川の連合軍により落城
1574年 天正 2年 新城市 野田城 武田氏との人質交換により三たび菅沼定盈が城主となり増瑞寺を創立。武田信虎が81歳で没。
1575年 天正 3年 新城市 長篠城 奥平貞昌(徳川方)が城主となる
天正 3年 4月21日 新城市 長篠の戦い
豊川市 佐脇城 佐脇刀禰太夫 長篠の戦いで討死し廃城
天正 3年 5月21日 新城市 設楽原の戦い
1576年 天正 4年 9月 新城市 新城城 奥平信昌が築城。長篠城より移り、家康の長女亀姫を娶る。長篠城は廃城となる。
1580年 天正 8年 豊川市 中山屋敷 中山宗秋が居館を構える
1582年 天正10年 設楽町 清水城 廃城 城主名倉左近蔵人が信州に出陣し討死し廃城
天正10年 6月 2日 本能寺の変
1587年 天正15年 田原市 法林寺 徳川家康 鹿狩りの途中で休息仮眠
1590年 天正18年 新城市 石田城 新城城主 片桐半右衛門正義が築城
天正18年 4月27日 徳川家康 関東転封、江戸城が開城する
豊橋市 吉田城 池田輝政が15万2千石で入城
仁連木城主 戸田康長 徳川家康に従って関東に下り廃城となる
高縄城 戸田忠次 徳川家康に従って伊豆下田に下り廃城となる
西川城 西郷家員 徳川家康に従って下総へ下り廃城となる
大崎城 戸田氏 徳川家康に従って関東へ下り廃城となる
豊川市 牛久保城主 牧野康成 徳川家康に従って関東に下り、上州大胡2万石の城主となる
伊奈城主 本多康俊 徳川家康に従って関東に下り廃城となる
蒲郡市 五井城主 松平伊昌 徳川家康に従って関東に下り、下総国印旛郡(千葉県)へ移る
竹ノ谷城主 松平家清 徳川家康に従って関東に下り、武蔵八幡山に移る
上ノ郷城主 久松俊勝 徳川家康に従って関東に下り、吉田城主池田輝政の支配下となる
中島城主 岩瀬氏安 徳川家康に従って関東に下る
新城市 新城城主 奥平信昌 徳川家康に従って関東に下り、上野国宮崎(群馬県)へ移る
東栄町 設楽城主 設楽貞清 徳川家康に従って関東に下り、武蔵国(埼玉県加須市)へ移る
1592年 文禄元年 新城市 片桐半右衛門正義が 浄泉寺を建立
1595年 文禄 4年 豊川市 清光寺 西明寺 六世伝芝和尚によって建立 ( この年、豊臣秀次が大閤秀吉に切腹を命じられ28歳で没)
1600年 慶長 5年 関が原の戦い
1601年 慶長 6年 豊橋市 吉田城主 池田輝政、播州・姫路52万石に加増移封
吉田城 松平家清 武州八幡山から三万石で入城
豊川市 牛久保城主 荒尾平左衛門、池田輝政に従い播州・姫路に移り、牛久保城は天領 となる
御油宿 開設
新城市 亀山城 松平忠明(奥平信昌の四男) 亀山城主となる
豊川市 赤坂宿形成

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