長篠城址      新城市長篠字市場22-1
永正5年(1508)に山家三方衆の菅沼元成が今川氏親の命により築城。
天正3年、武田信玄の子勝頼 が父の上洛の夢を果たそうと15,000の大軍により包囲し、長篠・設楽原の戦い始まったが、当時の城主 奥平貞昌は500の兵で篭城に耐え抜き、勝頼は大敗して武田氏滅亡となっていく。
戦後、徳川家康は、長篠・田峯・作手の領地を奥平信昌に与え、天正4年(1576)に信昌が 新城城 を築いてそこに移り、長篠城は廃城となる。
長篠の戦い 奥平貞昌
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