萩城址     豊川市萩町下の坪
標高149m、比高30mの丘陵端に築かれた城で、築城年、築城者は明らかではない。
作手奥平家の作手亀山城 奥平貞俊は二代・貞久に家督を譲り、貞久の四男・主馬允がこの地を領し、萩奥平家の祖となる。
三代の奥平周防守勝次は、1575年「長篠の戦い」で戦功を挙げるが、七代正俊で断絶となる。
奥平周防守の墓は、善住寺(善住禅寺)にある。

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道路脇に標柱がある

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