力寿姫の墓  豊川市赤坂町   力寿姫の物語はここをクリック
力寿姫は赤坂の長者・宮路弥太郎長富の娘で、三河国司を務めた大江定基に愛されたが、ほどなく病により亡くなる。 大江定基は力寿姫の菩提を弔うために長福寺 を建て、裏手の高台の見晴らしの良い所に墓を、そして、力寿山舌根寺 に「文殊楼」 を建てた。  この文殊楼が今の財賀寺 にある文殊堂で、毎年3月には文殊祭り が行われる。  江戸時代になってからは、力寿姫と大江定基のロマンスを伝えようと、戝賀町に力寿の碑 を建て、そこに桜の木を植え「力寿の桜」 と名付けられて今でも春には美しい花を咲かせる。 また、大江定基が亡き力寿姫の菩提を弔うため、愛染池畔に祀ったと伝えられている愛染明王尊像は西明寺 にあり、愛妾力寿 をモデルに自から彫刻して、本尊の弁財天としてお祀りしたのが三明寺 だという。
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【 2014年10月30日更新 】
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長福寺の南、宮道天神社に向かう道の右側にあるここの坂を上って行く

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墓地の横を通って・・・

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山の中に入って行く

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どんどん進む

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石仏が出迎えてくれる

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もっと進む

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何やら標柱が見える

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【2014年10月30日 撮影】

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【2014年10月30日 撮影】

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