この五輪塔は竹谷松平 の始祖守家から、守親-親善-清善の4代にわたる五輪塔で、月ノ輪墓地の中にある。
初代守家は室町時代の天文17年(1548年) 竹谷城 を築き、守親、親善は今川方に属したり、松平清康 についたりして時の流れに従うを保身の術として領地の経営にあたった。 四代親善は、はじめ今川方に属し人質を提出していたが永禄3年(1560年)5月今川義元
が桶狭間の戦いに倒れた後、松平宗家に従ったので今川氏真は竹谷松平氏などの人質を 吉田城 外 龍粘寺 口で殺している。 2年後の永禄5年(1562年)2月、上ノ郷城 攻めの軍功で家康から千貫の土地を与えられた。(説明板より引用) |