慶忠院跡・関口一族の墓  豊川市長沢町日焼18
慶忠院は浄土宗西山深草派の寺院で、山号は梅香山。現在の慶忠院は平成23年11月12日、近くの 立信寺 と合併し、現在は廃寺となっている。
境内裏手に、登屋ヶ根城 の関口一族の墓と伝えられている小さな五輪塔が残っている。 ここは、永禄4年に登屋ヶ根城が落城した時に炎上したと伝えられる登屋ヶ根城主の菩提寺・長寛寺(ちょうげんじ)があった場所とのこと。

2024年9月23日に来てみたら更地になっていて、建物も関口一族の墓も無くなっている。一族の墓が何処かに移されたかどうかは分からない。 
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【 2012年06月27日撮影 】

(1)この橋を渡る

(2)この奥が慶忠院跡

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(8)関口一族の墓
現在は更地になっている( 2024年9月23日撮影 )

(9)建物も無い

(10)関口一族の墓も無い

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