馬草城跡  田原市野田町寺海道
馬草の洪積台地の急峻な崖を利用した城で、安土桃山時代の 天平18年(1590年) 田原城 主伊木長門清兵衛の家老・加藤平右衛門 が城主として居住するが、慶長5年(1600年)関ヶ原の戦い後、池田輝政 が播州に国替えになると共に廃城となる。― 野田史(野田区自治会)より ―
今は高台の上は住宅地となり、遺構らしきものは見当たらないが、この台地そのものが遺構か?・・・

ここから南に300m程の所には、本多新三郎の屋敷跡 がある。
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【 2020年02月21日撮影 】

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(5)今は台地の上は住宅地となっている

(6)台地から馬草港を望む

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