忠勝寺・森寺忠勝の墓 豊川市御津町西方松本89 |
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忠勝寺は安土桃山時代の文禄年中(1592年~)草創の曹洞宗の寺院で、山号は貫道山、本尊は阿弥陀如来、東三新四国八十八ヶ所51番霊場。
西方古塁 を守っていた 森寺清右衛門忠勝 は、吉田城 の 池田照政 の命により塁の鬼門にあたるこの場所に寺を建てて塁の鎮護を念じたという。
寺の名前は、森寺清右衛門忠勝の名前から採ったという。
忠勝は慶長4年(1599年) に没し、その墓が墓地の一角にある。
境内には 大王松 の木もある。 |
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(9) 森寺忠勝の墓 |

(10)新四国八十八ヶ所霊場( 2025年3月14日撮影 ) |

(11)2025年3月14日撮影 |

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