篠束城跡  豊川市篠束町大堀
延元元年(1336)、新田義貞の家臣である篠塚伊賀守重広が築いたとされる。
その後、九州落ちした足利尊氏の東上に従って三河へ入国した肥前国の西郷弾正内蔵助俊雄が三河守護代を務め、額田郡大草と八名郡嵩山を領して東西二流に分かれると、篠束城は嵩山西郷氏の分家にあたる西郷俊勝の居城となったが、現在はあたり一面畑地に変わり遺構は無く、説明版だけが残る。
西郷弾正の墓は医王寺 にある。
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【 2017年02月12日撮影 】

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(4)医王寺

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