吉田城主牧野一族の塚(牧野塚)     豊橋市下地町字神田
享禄2年(1529年)5月27日、松平清康は三河を統一するため三千余騎を率いて岡崎を発し、吉田城の攻撃した。 城主の牧野信成は奮戦したが、防戦適わず城は松平方の手に落ち、牧野一族はこの地で戦死、牧野古白の直系はここに滅びたという。
碑は牧野一族が松平清康の軍勢に討たれた所に建てられている。
場所は非常に判りにくい。 PHOTO-1 にある青い瓦屋根の家が目印。

詳しい地図はここをクリック   一つ前へ戻る   HOMEへ戻る
【 2015年08月26日更新 】
PHOTO-1

碑は、電柱の向こう側の茂みの中にある。

PHOTO-2

木の陰に隠れるように立っているので、注意して見ないと分からない。

PHOTO-3

PHOTO-4

このページのコメントを送る   一つ前へ戻る   HOMEへ戻る   このページのトップへ