堀無手右衛門の墓  新城市八束穂
堀無手右衛門は武田家の武将。
天正3年5月長篠設楽原の戦いで、武田勝頼軍が織田・徳川連合軍に大敗した時、殿りとしてとどまって敵の追撃を防ぎ、奮戦して戦死。
墓は五反田川の甲田橋近くにある。
また、このすぐ近くには、家宝の甲(かぶと)を捨てて甲州に引き上:げて行き、後にその甲が田の中から出てきたといわれる 甲田 がある。

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