甲田(こうでん 又は かぶとだ)  新城市八束穂字甲田
設楽原の戦いで武田軍の敗色が濃くなり、とうとう武田勝頼は退却を決意、武田家伝来の「諏訪法性(すわほうしょう)の甲(かぶと)」を捨て、信州方面に向かって退去して行った。
その後になって、この辺りの泥田の中から、この甲が見つかった事から 甲田 の名がつけられた、と言うが、諸説いろいろある。
石碑も建てられているが、残念ながら何が書かれているか全く判読不可能。
            新城昔ばなし「甲田
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