霊巖寺(れいがんじ)・三宅家墓所・真木定前(さだちか)墓所  田原市田原町北番場3
曹洞宗の寺院で、山号は梅坪山。 寛文4年(1664年)から明治維新 まで、田原藩 を治めていた城主・三宅家の菩提寺。
田原に移封される前は、挙母(現在の豊田市)城主であった三宅氏が、西加茂郡梅ヶ坪村にあって荒廃していたこの寺を再興したといわれている。その後、4代目康勝公が田原藩に移るにあたって、この霊巖寺も田原に移した。
三宅家の墓所の中には、昔話で伝えられている 「首なし地蔵」 がある。
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(4) 六地蔵

(5) 三宅家墓所

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(9)真木定前墓所

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(11)首なし地蔵

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(13)母子地蔵( 2024年10月15日撮影 )

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