国見山半五郎の墓     田原市古田町蔵道上131
真如寺の墓地の西の端、ブロック塀の脇に、ポツンと一つだけ墓碑がある。 
江戸時代の文政13年(1830年)、名古屋市に生まれ、東前頭3枚目まで昇りつめた力士・国見山半五郎 の墓碑で、墓石には「国光雄見信士」の法名と、俗名「國見山半五郎」の文字が彫られている。
しかし、田原市とどのような関わりがあったのか? 何故?真如寺に墓があるのか? しかも、他の墓と別に、何故?一つだけ塀の脇に寄せてあるのか? 調べてみても分からない・・・・・
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【 2018年07月20日撮影 】

(1)ブロック塀の脇にある

(2)法名は国光雄見信士

(3)

(4)横に俗名「國見山半五郎」の名がある

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