設楽家竹広陣屋(設楽氏陣屋)跡  新城市竹広横手
江戸時代の寛政元年(1789年)、川路城 主設楽貞通の次男貞信の子孫にあたる設楽貞喬が700石で構えた陣屋。
宝暦年間(1751~1764年)以降は出沢村の郷士瀧川氏が代官を世襲して、明治2年(1869年)まで存続したという。
現在は住宅、畑地に変わっているが、屋敷地には井戸が残り、建物は出沢の 瀧川家住宅 の一角に移築されている。
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【 2019年03月22日撮影 】

(1)設楽原歴史資料館南の信号を南下してすぐ右手

(2)道路の下に石柱がある

(3)設楽家竹広陣屋跡

(4)石柱の所から更に右の方に行くと…

(5)井戸が残っている

(6)屋敷は瀧川家住宅の敷地に移築されている

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