稲木長者屋敷跡  新城市稲木字観音前
天慶元年(938年)に依田宗漆(よりたそうしつ)が、稲木の観音前の広大な土地に居を構えた。
その後140年余の歳月が過ぎ、藤原季兼(すえかね)によって攻め滅ぼされたという。
遺構は全く残されておらず、広大な田畑が広がり、「 稲木長者」の伝説だけが残されている。

  2016年12月28日撮影の枯草の風景から、 2022年8月1日撮影の緑の風景に更新しました。
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【 2022年08月01日撮影 】

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