鵜飼船の碑  新城市乗本
江戸時代、豊川は奥三河と 吉田湊 (現在の豊橋)を結ぶ河川交通の中心だった。 乗本の菅沼家五代 菅沼定正が正保元年(1644)、鵜飼船の船大工を美濃から呼んで造らせ、宇連川と黄柳川の合流点上手の羽根河岸に船着き場をつくって廻船業始めた。
この廻船業に使われた船を「鵜飼船」といい、全長 14m、幅 1.5m。 下りで材木、穀類などを運び、上りで海産物、雑貨などを運んで乗本地区は多いににぎわったという。  この鵜飼船で運ぶ荷物に課税し徴収した 東上分一番所跡 は豊川市にある。

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