羽柴秀吉陣地  新城市牛倉字宗国
設楽原の戦いの時、秀吉は39才で、まだ羽柴と名乗っており、織田信長戦地本陣 の北側、織田・徳川連合軍の最左翼に陣を構えていた。
ここには、左 「木下秀吉陣地」 と、右 「羽柴秀吉陣地」 の2つの石碑が建っている。
秀吉が陣をしいた辺り一帯の宗国地区を 「はたぼこ」と呼び、4百年後の今もその名を伝えている。
             新城昔ばなし「 はたぼこ

設楽原の戦い  羽柴秀吉  織田信長 詳しい地図はここをクリック   一つ前へ戻る   HOMEへ戻る
 

(1)

(2)

(3)

(4)

(5)

(6)

(7)

(8)

このページのコメントを送る   一つ前へ戻る   HOMEへ戻る   このページのトップへ