城山(じょうやま)・大野城跡・清澄稲荷  新城市大野字稲谷下
南北朝時代(1336〜1392年)に足助から来た鈴木喜三郎が城山に城を築き、大野一帯を領有したが1384年に死去、その後は菅沼氏領となる。鈴木喜三郎の墓はすぐ近くの淵龍寺にある。
登り口には説明版があって判りやすいが、頂上までの道は判り難く、踏み跡も残っていない所もある。  幸いにも所々に標識があるので救われるが、道の無い所は兎に角山頂に向かって突き進むしかない・・・・ 入口から10分程で辿り着き、頂上には清澄稲荷が祀られている。
 鳳来町誌民族資料編「 城山の清住稲荷」  山の標識と鳳来町誌で神社の名前(清澄、正住)の字が違うが、正解は判らない・・・・・
菅沼氏 このページを印刷   詳しい地図はここをクリック   一つ前へ戻る   HOMEへ戻る
【 2015年07月19日撮影 】

(1)道沿いに判り易い看板がある。

(2)

(3)道路脇に説明版がある。

(4)

(5)ここの細い道?を入って行く。

(6)滑り落ちそう・・・・ 足元に気をつけて・・・・

(7)道らしき道は無い・・・・

(8)案内標識だけは親切! 道は見えない!

(9)強引に進む!

(10)標識が無ければ、断念していたかも・・・・

(11)道は無いけど、標識は大変親切!

(12)ただひたすら頂上を目指すのみ!

(13)城山・清澄稲荷はこの先

(14)頂上が見えてきた!

(15)鳥居が見えた!

(16)

(17)主郭には清澄稲荷が祀られている
(18)明瞭な遺構は見当たらない

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