形原城址・古城稲荷社・お妙塚  蒲郡市形原町東古城
別名、稲生城(いのうじょう) とも云う。 平安時代の終り頃、清和源氏義光の孫であり、源義清(武田義清)の次男、方原二郎師光(源師光)によって築かれたと伝えられている。 その後、長享年間(1487〜1489)に松平佐渡守与副(ともすけ)がここに移って城主となり、以後形原松平氏の居城となったが、永禄3年の桶狭間以後形原松平家広 は、松平元康(後の徳川家康)に従って各地に転戦し、慶長6年(1601)ここにもどるが、元和5年(1619)に6代目松平家信が摂津国(大阪府)高槻藩主として転封されたのを最後に廃城となる。  昭和46年10月21日  市指定史跡
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【 2013年12月01日撮影 】
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古城稲荷社

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曲輪から本丸へと続く石段

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烈婦・お妙塚と五輪塔

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形原城本丸址

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城跡から形原の街や三河湾を見下ろす

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