遠見山の かね 前のページへ戻る   表紙へ戻る

 むかしむかし、まい日いくさがつづいていたころのお話です。

 ゴーン、ゴーン、ゴーン。 
 ゴーン、ゴーン、ゴーン。

 「こんどはどこのいくさかのう。」
 「少しかねのかずが多いようだが。」
かねの音を聞いた村人は、心ばいそうに話し合っていました。
 速見山のかねがなると、赤坂の山・長沢の山・山網の山・藤川の山へとじゅんじゅんに同じようにかねがうたれて、岡崎のお城まで 知らされるのです。
 岡崎のお城には徳川さまがいて、三河の国をおさめていました。そのころ、遠州(静岡県)の三方原には、甲斐(山梨県)の国の武田の軍ぜいがいて、三河の国へいつせめてくるかわからないというありさまでした。
 三河の国をまもるには、岡崎にいては少し遠すぎます。そこで武田の軍ぜいがどこからせめてきても、すぐ岡崎にわかるようにかねがうたれるのです。
 御油から岡崎までかねは9つおいてありました。
 速見山は御油の南にある山やまの中でいちばん高く、北に本官山、東に豊橋平野が見わたせます。南は三河わんが見えるほど、たいへん見はらしのよい山です。
 山のちょう上には古い松の木が2本あり、お官のとりいのような形をしていました。村人は、この松をとりい松とよび、その木にはかねがつるされていました。
 きょうも、山の上のとりい松の下で、ふたりの男が遠くを見はっています。
「林孫八郎どのはうまいことを考えたものだ。走って行けば半日い上もかかるのに、かねをならせばほんとうに早く岡崎まで知らせる ことができる。これなら徳川さまもうまくたたかえるわけだ。」
「しかし、天気のわるい日にはこまるのう。」
「あっ。のろしがあがったぞ。宇利峠の方だ。」
「かねは3つだ。早くうて。」
ゴーン ゴーン ゴーン。
ゴーン ゴーン コーン。
ゴーン コーン ゴーン。
 林孫八郎は徳川のけらいで、この豊川のあたりを守っている人でした。この人がかねをうって岡崎に知らせる方法を考えたのです。
 このようにいつも2、3人の人が 遠くを見はっていたので、だれいうとなくこの山を速見山というようになりました。

とよかわのむかしばなし(豊川市小中学校社会科研究サークル発行)より引用


東三河ふるさと公園展望つつじ園

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