● 善福寺とならずの梅 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 善福寺の創立については、幾度かの高潮や火災のために縁起を知ることはできないが、菟足神社の祭神である菟上足尼命(うなかみすくねのみこと)とは深い関係があるようである。 昔から次のようなことが言い伝えられている。
 雄略天皇の御代(5世紀後半)菟上足尼命が穂国の国造に任じられ平井の柏木浜へ上陸した時、平井の伴氏の先祖にあたる人が奉じ、田園(善福寺境内)を捧げて宮を造られた。
 命がたまたま蹴鞠の戯を園内で催された時、梅の木に鞠がかかって梅の実が全部地に落ちてしまった。 命の死後、この梅の木には、花は咲いても1粒の実もならなくなった。 このことから「ならずの梅」と呼ばれて、今日まで伝えられている。

「小坂井町の史跡と文化財」(小坂井町教育委員会発行)より


善福寺

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