●  家康のかくれ塚 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 徳川家康は、何度も戦いをしましたが、命をかけて戦うということが何度もありました。そんな時家来の者が、安全な場所に家康をかくしたという話がたくさん残されています。
 伊奈の東漸寺の門前にも、家康がかくれた「かくれ塚」と言われる所があったそうです。いつの戦いの時かはっきりしませんが、家康が戦いからのがれて、東漸寺の末寺の延寿堂まで来ました。そのお堂の前に大木がありました。その大木の根元に大きなほら穴ができていたので、その中にかくれました。家康が3日3晩かくれている間、東漸寺の和尚さんがそっと食べ物を運んで食べさせたということです。東漸寺への寺領20石は、この時のお礼と言われています。
 また、東漸寺々誌によると第8世大州安碩住職の時代に、徳川家康が伊奈村の鶴田で猟をし、東漸寺で休憩した後に、境内と斎田20石を与えたと伝えられています。

小坂井のむかし話(小坂井町教育委員会発行)より


東漸寺

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