● 馬方弁天 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 ずっとむかしのことです。
 三明寺の前のひめかいどうは 旅人や馬方がよく通りました。

 満月が東の空にのぼりかけた秋のタぐれのことです。仕事帰りのひとりの馬方が、きょうも楽しそうに歌を歌いながら、三明寺の前を通りかかりました。すると、とつぜん美しい女の人が、目の前にあらわれました。
「もしもし、馬方さん。わたしはこの三明寺の弁天です。わたしはおまえが通るのをとても楽しみにしています。おまえの歌声が美しいからです。
 どうかこれからも、ここを通るときには歌っておくれ。そのお礼にこのさいふをあげましょう。」
といって、その女の人は、馬方に赤いさいふをわたしました。
「そのさいふには いつもお金がはいっています。いくらつかっても終わることがないふしぎなさいふです。でも、わたしにもらったということを、けっして話してはなりません。」
そういったかとおもうと、女の人の姿はぱっときえてしまいました。
 それから馬方は、雨の日も風の日も三明寺の前を通る時は、心をこめて歌いました。さいふの中のお金は弁天さまのいったとおり、いくらつかってもなくなりませんでした。

 いく日かたちました。
 馬方は、さいふのおかげでほしいものがなんでも買えました。だから、仕事をなまけ、毎日すきなおさけをのんでは、ねてばかりいるようになってしまいました。
 なかまの馬方たちは、ふしぎでなりません。集まるたびに、いろいろとうわさをしました。
「おい、あいつはこのごろなまけているぞ。」
「さけばかりのんでいる。いったいどうして金をもうけているんだ。」
「なにかわけがありそうだな。」
「みておれ、いまにばちがあたるぞ。」

 ある日、馬方はなかまたちといっしょにおさけをのんでいました。
 なかまのひとりが馬方にいいました。
「おまえは、はたらかないでなにをして金をもうけているのだ。」
 馬方は、おけのせいでいい気持ちになっていいました。
「じっはな、ある日のことよ。おれが三明寺の前を通りかかったんだ。すると、きれいな女があらわれてな。・・・・・それは弁天さまだったのさ・・・・・。」
 ここまで話して、馬方はしまったと思いました。いそいでさいふに手をやりました。ふしぎなことに、いままで重かったさいふは急にかるくなり、もう何もはいっていませんでした。

 それから馬方は心を入れかえ、毎日休まずはたらくようになったということです。
 このようなお話がつたえられるようになってから、だれいうとなく三明寺の弁天さまを、「馬方弁天」とよふようになりました。

とよかわのむかしばなし(豊川市小中学校社会科研究サークル発行)より引用


三明寺

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