● 足山田の弘法大師 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 足山田の弘法大師は天保6年に建立されました。当時、東三河では平尾町の財賀寺と、豊川町の三明寺と、当所の3ヶ所で、旧21日の祭日には近郷からの参拝客でにぎあい、参道も本四国になぞらえて大変遠く、全行程は2里位あって、3ヶ所参拝するには1日がかりでした。
 88箇所の弘法様を1番から申し述べると、本性寺を振出しに、地名を順に追って、小金(西原境)から2番3番と続き、有名な小牧の石ぶつけ観音を経て、上荒子の橋を渡り、足山田連峯のふもとを西方より東方に足を伸ばし、途中から通す鐘の中腹迄登り、そして今の寺ヶ荷場大師(記念の石碑があって寺跡ともいう。)を頂点に引返し、今の御茶堂迄降りて、一休みし、再び向山から城山の下を東進して、柴崎で今の県道を下り、ミンダ原から上平地区の郷中に入り、東に池の沢を眺めつゝ、下平から年長の池に並行して薬師の坂を下り、若宮の東を清水大師にお参りして、1番の札所の本性寺へ帰って、88ヶ所のお参りが終わりになります。
 尚その頃、旧3月7日には盛大にお祭りが行われ、村中から参拝者接待用のお米の寄進を仰ぎ、餅も一俵余も搗いて、参拝者に差上げ、又近郷から品物等を集めて福引きなどの接待もあって、参拝人は1000人を越えた程でしたが、あまり里程が遠いためにだんだん参拝する人も減少したので、明治16年に弘法様を移転し、更に昭和42年に現在の所にお祭りして、今日に至ったのであります。
今日も尚、毎月旧の21日には、当番の方がお餅等を接待し、参拝客も大勢あって、信仰の根強さを如実に現わしています。
 「一宮町むかしばなし」(一宮町若辺大学発行)より


弘法堂と弘法大師像

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