● 江島大亀寺の弁天様 前のページへ戻る   HOMEへ戻る 

 弁天様といえば、豊川三明寺の弁天様が有名ですが、弁天様は弁財天といわれ、この仏を祀ると財福おのずから集まるともいわれております。三明寺の弁天様の御開帳のとき拝まれた方はご承知のように、琵琶を引いている姿です。
 弁天様には手が2本で琵琶を引いている女人像、弁財天女と手が8本の赤い恐い顔をして、岩の上に立ち手に鉾、剣、斧、鈷(法具の一つ)、輪(りんぽう法具のひとつ)、索(なわ)、弓、矢を持っています。大亀寺の弁財天は手が8本です。
 弁財天は仏教が起こる前にインドにあった神様で、インドのサラスバヤー河を神格化したもので、音楽、財福施与の神様とされています。川の神格化されたものが水難を防ぐ仏様と考えるようになったと思われます。弁天様をお祀りしている所は大きな川のあるところの近くにあるようです。豊川の三明寺も昔は豊川が三谷原町の南から瀬木町の方に流れておりましたし、大亀寺の弁天様がもと祀られていたところは、大亀寺の東南約200メートルの高畑地籍の畑の中にあって、長径2メートル、短径1メートルあまり、高さ30センチはどの塚になっていました。今は塚に生えた草を地主さんがきれいに取ってねんごろにお祀りしております。
 塚は大小さまざまな平たい川の石が多く、近くの旗頭山の山石が少量入って積まれています。石をみると火を受けた焼け石があり、火を焚いたことがわかります。真言宗などお祈りするとき、ごまを焚くということをしますが、このようなことが繰り返し行われたようです。いつごろから行われたか定かではありませんが、草取りのとき出てきたという土器を見せてもらいましたところ、古いものは鎌倉時代末ごろの山茶碗と呼ばれる食器で室町時代のものもありました。お祭りのとき供えられたものを参会した村人が会食し供えられた土器は割られたようです。
 この場所の南100メートルほどのところに昔の豊川が流れていましたので、豊川の三明寺の弁天様と同じような立地であることがわかります。

ふるさとの伝説 昔のはなし(宝飯郡一宮町発行)より引用


大亀寺

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