● てんぐの火 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 むかし むかしの ことです。
 千両へ行く道にはてんぐが出ました。
 ある夏のばんのこと、かみゆい(とこや)をすませた千両のつねぞうとよさくは、つれだって家へ帰るところでした。
 ふたりは、さっぱりした気分になっていました。
 夜空には、きれいな星がかがやいています。
「さあ いそぐべ。」
 たちどまって星をあおいでいたよさくに、つねぞうが声をかけました。 つねぞうは遠くの方を見て足をとめました。
 袖坂峠のあたりに、小さなあかりがゆれていたからです。
「おい よさく、あのあかりはなんだべえ。」
「どれどれ。 あんりゃあ、火じゃないずらか。 てんぐかもしんねえぞ。」
「まさか、ばかこくでねえ。」
 つねぞうはよさくのかたをちょっとつつきました。 でも、なんだかきゅうにさむけをかんじました。
「小便でもすべえや。」
そういってふたりは、小さい火の方に向かって小便を始めました。
 すると どうでしょう。
 たちまちごうっというすさまじい音とともに、ほのおが一本のすじとなって、柚坂峠からふたりの方へ向かって来ました。 そして、あっという間に、ふたりの目の前はまっかな火の海になってしまいました。
「わあ、助けてくれえ。」
「助けてくれえ。」
 ふたりは、いちもくさんに走り出していました。 どこをどう走ったのかさえわかりません。
 気がつくとふたりはぞうりを頭の上にのせ、
「なむあみだぶつ、なむあみだぶつ…。」
といいながら、ひたいを地面に何度も何度もこすりつけていました。
 やがて、あたりが静かになったので、ふたりはそっと目をあけてみました。 さきほどのおそろしい火の海は、まるでうそのように消えてなくなっていました。 ふたりはほっとしました。
「助かったべえ。」
「ああ、助かったべえ。」
 ふたりは何度も同じことをくりかえしました。 そして、いちもくさんにわが家へ向かってかけ出しました。
 家にとびこむと、ふたりともすばやく戸をしめました。 何だかまた、おそろしいてんぐの火が迫ってくるような気がしたからです。

 そんなことがあってから、人びとは、
「てんぐ様には無礼をしてはいけない。」
というようになりました。

  とよかわのむかしばなし(豊川市小中学校社会科研究サークル発行)より引用

杣坂峠

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