● 五社稲荷の白狐 前のページへ戻る   HOMEへ戻る 

 むかし、五社稲荷のあたりには、そりゃぁたくさんの狐が住んどったげな。
 そのころは、けやきやしいの大木がおい茂る森があちこちにあって、狐も住みやすかったんだろうなあ。森に入りゃぁ、昼間でもひんやりしてうす暗くて、野ねずみもちょろちょろ走っとっただろうし、なんでも夜になると、キョーン、キョーンと鳴きあう声も聞こえたと。
 その中でも、ひときわ大きく美しい白い狐がおってなあ、どうも五社稲荷の奥の院あたりをすみかにしとったらしく、夜が明けそめるころおまいりにいった村の人が、よう見かけたそうな。その中のひとりが、
「お稲荷さんにおまいりしてひょっと目をあげると、右手の方からなにかにじいっとみつめられとるような気がしてのん。そしらぬ顔で目だけ動かして見ると、なんと白い狐じゃないかん。それがみごとにまっ白でのん、わしゃあびっくりこいたのなんのって。」
 そういうと、ほかのひとりも目をぱちぱちさせていったもんだ。
「ほう、あんたも見たかん。わしも、朝はように奥の院のそばで見たぞん。白くて大きくて、みごとな狐だったなあ。」
「ああ、おれも見たぜ。あんな自狐初めてだったが、なんか神々しいみてえだったなあ。」
「ひょっとしたらお稲荷さんのおつかいずらか。」
「そうかもしれんてなあ。」
 村の人々は、その白い狐を、いつのまにか、
「五社稲荷のおつかい。」
と、呼ぶようになったと。
 朝早うおまいりにいくと自狐に会えるげな、自狐に会うと、いいことがあるげな。といううわさもたって、五社稲荷は朝早くからおまいりの人がたえなんだ。
 おれもいっぺん白狐の姿あ見てえもんだと、村の男の人が夜明けを待って五社稲荷へいってみた。霧の深い朝で、だあれもいきあわず奥の院でおまいりをすませた時だった。霧の中からなにかにじいっとみつめられとる気がして顔をあげると、きらっと光る目があってなんかぞくつとふるえた。と、すぐよこを白い狐がすっと走っていくじやないか。しなやかに美しく、狐はたちまち見えなくなってしまったが、霧の中に消えた狐は妖しげでこの世のものとも思われなんだので、その人は自狐にどうにも心ひかれてしまったと。
 あんなに急いでどこへいくのかなあ、たしか東の方へ走っていったようだが………。
 狐の去ったと思われる方へ、森の木をわけわけ歩いてみたが、その日、もう白狐の姿を見ることはできなんだ。うちに帰っても、霧の中へ走り去った白狐の姿ばかりがうかんでくる。
 どっかへいっちまったのかなあ………あしたから白い狐に会えんだろか。
 そう思うと、その男の人は仕事も手につかず、ごはん食べるのも忘れて、晩方ふらふらと五社稲荷の方へ歩いていったそうだ。
 うちにじっとねてなんかおれん。奥の院あたりにおりゃぁ、白い狐が通るかもしれん。おらぁ会うだけでいいだで、あそこにあの白い狐がおるっていうだけでいいだで。
 その男の人が五社稲荷の森の近くまできたころ、月がのぼりはじめ、道を白く照らした。なにげなく東の方を見ると、いっさんにかけてくるものがあって、目をこらすとどうやら白い狐のようだった。男の人は身じろぎもせずみつめておった。
「おっ、やっぱり五社稲荷のおつかい。」
 月の光の中をとぶように走る白狐に男の人がみとれとるうちに、その姿は五社稲荷の森にすいこまれるように消えた。狐はかえってきただなあ、男の人はほっとしたと。
 あくる日も、そのあくる日もそうだった。夜明けには白狐は東の方へ向かって走り、晩方帰ってくるのを男の人は見たんだと。
「どこへいくだなあ………。」
 どうにもふしぎで、ある日、知りあいの人に話すと、
「それだてなあ、石巻山の方におる親戚のもんからついこのあいだ聞いただが、えらいりつばな自狐が朝はようにどっかから走ってきて石巻山へかけのぼり、晩げにゃあどっかへ走っていくげなって、ひょうばんだそうな。」
「あんなりつばな自狐がそうおるとも思えん。そいじゃぁ、あの自狐お稲荷さんのおっかいで石巻山へいっちゃぁ帰ってくるずらか。」
「そうかもしれんなあ。」
 そのほかにも、まっしぐらに走っていったり来たりする白狐を見た村の人も何人かおって、そんな自狐のうわさで村じゅうもちきりになった。
「五社稲荷のおつかいさまにさしあげよう。」
 奥の院には、油揚がいつも供えられとった。奥の院の森にすくっと立つ白狐の姿はだれが見てもりっぱだったし、村の人もだいじにしとったもんで、奥の院あたりで人を見ても、べつに姿をかくすこともなくなった。
 ところが、そんな白狐をこころよう思わんどころか、みんながあんまり狐きつねいうのでへそをまげて、
「なんだあ、狐、きつね、おつかいさまだと。たかがきつねじゃねえか。」
と、ぼやく男の人がおって、ある時、少し酒を飲んで奥の院あたりでねそべっとるのを、白狐がじいっと見すえたんだと。
「やい、きつね、なんでぇ、その目つきは。ばかにしやがって。」
 その男の人は、手にした石を思いっきり投げた。石は狐の足にあたり、キョーンとつらそうな鳴き声がひびいてなあ。自狐は足をひきずりながら森の奥に消える時、ふりむいて哀しそうな目で男の人を見たそうな。そりゃあぞっとするような目つきだったげな。
 その後、足をひきずって歩く自狐を見た人もあるというが、いつのまにか白狐は五社稲荷のへんに姿を見せんようになった。白狐に心をひかれとった男の人は、森のあちこちをさがし歩いたが、とうとうあの白狐に会えなんだと。
 石を投げた男の人は、それから仕事もうまくいかなんだり、なんでもひどい病気にかかったりしたということだ。自狐がおらんようになっても、奥の院に油揚をあげて村の人たちも待っとったそうなが、あの自狐どこへいったものやらなあ、それっきりになっちまったと。
 
「小坂井のむかし話」(小坂井町教育委員会発行)より引用


五社稲荷

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