● とうとう堤の追いはぎ 前のページへ戻る   HOMEへ戻る 

 むかし伊奈の北村と、御津の下佐脇との境に柳堤、別名「とうとう堤」と呼ばれる堤がありました。堤は高さ2m、幅7mほどもあって、中央は3mほどの道となっていました。道の両側は一面に女竹が茂り、昼でも暗いほどでした。そのため「とうとう堤」には時々追いはぎが出て、近くの人たちから大変恐れられていました。この堤に入るところに、幅4mほどの奈切川 (今の佐奈川)が流れていました。その奈切川の土橋を渡ると、左側に大人が3人位でやっとかかえられるほどの松の大木が立っていました。その松の木の裏側あたりに追いはぎがよくかくれていました。
   ある日、伊奈から下佐脇に嫁いだばかりの若い女が、里帰りのためにここを通りかかりました。忙しい農家のことでしたから、彼女が下佐脇の家を出た頃にはもう日が暮れかかっていました。急いで歩いて来ましたが、とうとう堤にさしかかった頃には、あたりはうす暗くなってしまいました。女は、
「とうとう堤には追いはぎが出るから、夜は通らない方がよい。」
ということは聞いて知っていましたが、家に早く帰りたい一心で、追いはぎの怖さを忘れていたのです。もうすこしで堤が終わるというところまで来た時、ふいに暗闇の中から1人の男がとび出して来て、
「おい、その持ち物を全部置いて行け。」
と低い声でどなりました。女は、おどろいて一瞬立ちすくみましたが、言われるままに持ち物を全部置いて立ち去ろうとしました。しかし、追いはぎは着物にも目をつけ、
「その着ているものも全部ぬいで置いて行け。おれの言う通りにしないと、おまえの命も取るぞ。」
と、おどしました。彼女は泣く泣く追いはぎの言う通り、裸になりました。しかし、いくら夜道でも裸で歩くわけにはいきません。彼女は必死の思いで、
「何でもいいから、体をかくすものを下さい。」
と頼みました。すると追いはぎは後向きになったまま、手元にあるものを見きわめもせず、
「これでも持って行け。」
と黒っぼくて重いものを投げつけました。彼女はそれを拾い上げ、体をかくして飛ぶようにして実家へ逃げ帰りました。
 実家に帰った彼女は、追いはぎに会い、持ち物や着物をとられたことを両親に泣きながら話しました。母親に着物を出してもらい、それを着るとやっと落ち着いてきました。すると、
父親が、
「そこにあるきたないものは何だ。」
と聞きました。娘は気がついて、
「それは追いはぎにもらって、体をかくしてきたものだよ。」
といいながらもう一度取り上げてみますと、ずしりと重く感じます。
「お父さん、何か入っているよ。」
と言いながらよく調べてみますと、なんとお金がいっぱい入った胴巻きだったのです。今まで追いはぎがかせいでためたお金が全部入っていたのでした。娘はそれとは知らず体をかくして実家へ逃げ帰るのが精一杯だったのです。
 2、3日たって、伊奈の人たちに、
「だれかお金の入った胴巻きを拾った人はおらんかのん。」
と聞き歩いていた男がいたということです。

「小坂井のむかし話」小坂井教育委員会発行 より引用


とうとう堤

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