● おもかる石 前のページへ戻る   HOMEへ戻る 

 これは、牛久保の上善寺につたわるふしぎな石のお話です。
 今から400年ほど昔のことです。甲斐の武田軍が、三河の国にせめいり、数万の大軍が長篠城をとりかこんでせめたてました。
「長篠城が あぶない。」
 しらせを聞いた徳川家康は、けらいを引きつれ、大急ぎで岡崎城を出発しました。東海道をくだり、牛久保にさしかかるころには、日が暮れかかりました。このまま夜道を進んだら、どんなきけんが待っているかわかりません。家康は牛久保で一夜を過ごすことに なりました。
 家康は、上善寺のげんどう和尚にたのんで、寺を宿にしました。和尚は家康を手あつくもてなしたあと、
「家康どの。三河の人びとのために、あすの戦いにはぜひとも勝ってくだされ。」
と たのみました。家康は、
「うむ。何としても勝ちたいものじゃ。が、相手は名高い武田軍じゃ。それに、こちらは急なことで、けらいもはるかに少ないことだしのう。」
と いって、考えこみました。
 すると、げんどう和尚は、にっこり笑っていいました。
「家康どの。じつは、この寺にはふしぎないいつたえがござるのじゃ。この寺の庭にある、見たところふつうの石とかわらぬ石じゃが、その石が、ねがいごとがかなうかかなわぬかを教えてくれるのでござる。」
「ほほう。それはふしぎじゃ。で、どのようにして。」
「ねがいごとのある人は、まず石の前に立って仏さまにお祈りをし、そのあとで石に手をかけ、持ち上げてみるのじゃが、ねがいが かなえられる時には、石はかるがると持ち上がりまする。だが、かなわぬ時には、どんなに大力のものでも、少しも持ち上がりませんのじゃ。」
 家康はそれを聞くと、
「和尚どの。ぜひともその石のところまであんないしてくだされ。」
とたのみました。
 和尚は、庭のかたすみに家康をつれていきました。そこには、白っぽい庭石がひとつ、ぽつんとおかれていました。
 家康はその前に立って、両手を合わせ、
「なむあみだぶつ。なにとぞあすのいくさには、わが軍を勝たせたまえ。」
と祈りました。そして、手をその石にかけると、「エイッ」と持ち上げました。すると、石はかるがると上がりました。
 あくる朝、家康は意気ようようと、上善寺を出発しました。
 そして、長篠の戦いで大勝利をおさめました。

このことがあってから、上善寺のこの石は、「おもかる石」とよばれ、ねがいごとのある人びとが、つぎつぎにおとずれ、寺はたいへんにぎわったということです。

とよかわのむかしばなし(豊川市小中学校社会科研究サークル発行)より引用


上善寺

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