三体地蔵の由来 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 国府東上線に添った村はずれ滝場の丘陵地に、慈眼優しく三体の地蔵尊が端座している。昔物もらいをし乍ら仏道修業の為、家を捨て行脚する人を六部と云う。黒衣を纏い饅頭笠をかぶり、脚絆をつけた姿を想像する。一組の夫婦者、一人の独身と安置の場所から考えられる点もある。
 飢と疲労の末、この地で儚く行斃れとなって消えたと聞く。土地の人が哀れんで三体の地蔵を建立して菩提を弔う。霊験あり祈願する人絶えず、病気平癒の時は、頭巾腹掛け眼のおこすり等を布で造り、地蔵の体にかぶせてお願い果しをする。
 たまたまこの地を開墾する際、石の五輪、骨甕等が掘り出され、石張り箇所等点々とあり、広い墓地であったと思われる。縁あってここにまつられたものと想像出来る。
 裏盆24日は地蔵の命日である。団子を造り霊供を捧げ、和尚を招いて読経をもらい、懇に供養を続けている。
 明治の初期この地蔵の霊験が、遠州人の夢に降り、参拝人が賑ったと聞く。今後複雑な世想に、疲れ果てた人々が心のやすらぎを求めて、三体地蔵にお参りする老若男女は後を絶たないであろう。

一宮町むかしばなし(一宮町若返大学発行) より引用


三体地蔵

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