● トウレンジじょうな 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

   トットといけば とうれんじ (東林寺)
   セコをまがると せいかいじ (清海寺)
   考えてみれば 勘四郎サ・・・・

 こんな歌が昔、御油宿の子どもたちの間で歌われていました。そのころ、トウレンジじょうなとよばれていた東林寺と清海寺の間の道は、荷車1台を引いてやっと通れるぐらいの、せまい漣でした。 しかも、東林寺けいだいの木立ちと道の半分までもかぶりそうな清海寺のやぶに囲まれていました。
「ほい、あんた! ここを通るなあ、昼でもいやったいのん。」
「そうだのん。ちいと日がかけると、はい暗いでのん。」
 と言われるほど、薄鳴くてなんとも気味の悪い所だったと言います。
 ある秋の夕方のこと。仕事を終えた大工の三平さは、仲間と街道の居酒屋でいっぱいひっかけ、鼻歌まじリのごきけんで家に向かっておりました。あたりはうす暗くなっていつのまにか東の空には星が1つ、2つ。その頃には、トウレンジじょうなは、もう真っ暗。

 三平さは、わらにさしたおみやけの油あげ3枚をぶら下げ、もうずいぶん暗くなった通りを千鳥足で歩いて行きます。 三平さの家は、トウレンジじょうなを通りぬけた向こう側。 三平さは、しようなの入り口で、ふと足を止めました。 いつもの三平さなら、
「気色がわリいて、よう通らんなぁ。」
 と、三倍もある回り道を行くのですが、今日は、帰りにちょいとひっかけているので、鼻歌まじリで、気も大きくなっています。
「えい、回り道はたいげだ。 知らん道でもないし、通れんでどうならあ。」
 と、ひとり言を言うと、やぶの間からさしこむかすかな星明かりをたよりに、ふらリふらリとトウレンジじょうなに入って行きました。
 ちょうど、通りの真ん中ぐらいにさしかかったころです。 とつ然、音のないかみなり様のように、ぴかーつと光って、あたりが真っ昼間のように明るくなりました。
「おおっ。どおしただ。おらあ、こんねによっばらっただかやあ。」
 びっくりした三平さは、手にした油あげを落としそうになりましたが、気をとりなおして歩き出しました。 と、ひょいと見ると、向こう側から、三平さそっくりにひょっこりひょっこりと千鳥足のいっぱいきげんで歩いて来る男がおります。
「なんだやあ。急に明るくなったり、おれとそっくりに歩いて来る男がおったり・・・・。 けったいなばんだて。」
 ちょっと気味悪くなった三平さは、足を早めて通りすぎようとしました。 千鳥足の男は、だんだん三平さに近づいて来ます。 男とすれちがう、その時、何気なく男の顔を見ました。 そのとたん、
「ひゃあああ。」
 と大きな悲鳴を上げて油あげを放り出し、その場にへたりこんでしまいました。
 そのさけび声が消えるか消えないうちに、千鳥足の男は、ふうっと暗やみにとけるように消えてしまいました。後には、こしをぬかしてガタガタふるえる三平さが残るばかり・・・・。
                                              
 その後、三平さはしばらくこしがぬけて立てなくなり、とこについていたといいます。そして、トウレンジじょうなですれちがった男は、目もロも鼻もない、つんつるてんの、のっべらぼうだったと、やっと、ふるえながら仲間にそのばんのことを話したのは、もう、暮れもおしせまったころだったということです。

ふるさとのはなし とよかわ(豊川市発行)より引用 


東林寺

清海寺

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