● 江川の洪水と高橋 前のページへ戻る   HOMEへ戻る 

 豊川市行明町あたりの豊川は、大雨が降る6月から9月にかけて1年に2、3回は氾濫しました。 そのたび毎に、篠束や小坂井の下郷地帯を流れる江川だけでは洪水ははききれず、まわりの田んぼは湖のように水がついてしまいました。 その時は稲の上を船が行き来しました。 江川の大部分が豊川放水路として改修されてからは、このようなことはなくなりました。
 東海道のなごりを残す松並木を東にたどると、豊川放水路にかけられている永久橋があります。 この橋を「高橋」と呼んでいます。 この高橋は江川のころからあって、名前のとおり少し高くかけられた土橋(木材の上に土や小石を置いてかためた橋)でした。 なぜ高くしたかと言いますと、大水のたびに橋が洗われて、土や小石が流されるのをさけるためでした。  また、農家の人達が船で橋の下を通って、稲の取り入れができるようにしたためでした。

「小坂井のむかし話」(小坂井教育委員会発行)より引用


高橋

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