● 桶地蔵 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 昔、暮川という村にひとりのわか者が住んでいました。わか者は、こまっている人を見ると助けずにはいられないせいかくでした。わか者のくらしは、楽ではありませんでしたが、いつも、人のために一生けんめい働いていました。
 ある年のことです。田植えが終わり、ほっと一息つこうとしたそのときです。とつぜん、強い風がふき、辺りが暗くなりました。大つぶの雨が2、3てき落ちてきたかと思うと、前も見えないほどの雨がどうっとふり始めたのです。その雨は、何日もふり続きました。近くの夫流川からは、水があふれ出し、津波のように村をおそいました。大きな石や木が、山からどんどん流されてきました。
 やがて、雨はやみ、水も引きました。
 こんなうわさが村中に広がりました。
「わしが川に近づいたら、ふわっと飛んだぞ。」
「見た。見た。1つじゃあなかったぞ。2つ飛んどったぞ。」
夜になると石巻山のふもとから、夫流川の川すじにそって、赤や青の火の玉が出るというのです。
 村の人は、こわがって昼間でも川には近よらないようになりました。川の近くの畑や田んぼをたがやす者はいません。
 「ようし。おれが行って、その火の玉の正体をたしかめてやろう。」
わか者はそう決心しました。
 さっそくその夜、わか者は、火の玉の出る川すじに行きました。待っていると、山の方からゆらゆらと火の玉が飛んできます。その後をそっとつけて行きました。
 正岡の辺りまで来たときです。
「あっ!」
火の玉は急に見えなくなってしまいました。わか者は、あわてて周りをさがしましたが、どこにも見当たりません。
 あくる日も同じようについて行きましたが、やはり同じところですっと見失ってしまいます。
「この辺に何かあるのかもしれん。」
 わか者は、次の日、明るい時こくにもう一度火の玉が消えた場所にやってきました。
「これは何だろう。」
大きな石の横に、おけが転がっています。おけの中を見ると、お地ぞう様が悲しそうな顔をしてすわっていました。お顔もお着物もどろだらけです。
「あの大雨で、ここに流れ者いたにちがいない。おかわいそうに。」
わか者は、手ぬぐいでお地ぞう様をきれいにふいてさしあげました。
「こんなところには、置いてはおけん。」
おけといっしょにお地ぞう様を家へお連れすることにしました。
 わか者は家に着くと、石や木をどかしてお地ぞう様のすわれる場所を作りました。そして、おけの上で、ていねいにおまつりしました。
 火の玉の正体をつきとめたわか者のことが、正岡の長者の耳にとどきました。
「そんなに勇気あるわか者がいるのか。ぜひ、むすめのむこにしたいものだ。」
むすめもやさしいわか者のことが気に入り、二人はいっしょになりました。
 やがて、むすめは子ビもを身ごもりました。二人は、じようぶで元気な子が生まれるように、毎日、おけの中のお地ぞう様においのりしました。
「こんなに幸せなくらしができるのも、みんなお地ぞう様のおかげだ。こんな庭のすみにおまつりしておくのは、何ともお気の毒だ。」
「本当にそうですねえ。もうすぐ子どもが生まれますから、その後でお寺にまつってもらいましょう。」
 正覚寺のおしょうさんにお地ぞう様のことをお願いしました。
「そうかい。それはいいことじや。わしがお地ぞう様をお連れしてあげよう。」
おしょうさんは、こころよく引き受けてくれました。
 4、5日たった日の朝、おしょうさんは、わか者の家にお地ぞう様をむかえにやってきました。
「おしょうさん、ちょっと待ってください。子どもが、まだ生まれないのです。」
「それはたいへんだ。」
「もう三日も苦しんでいるのに生まれてこないんです。心配で心配で。」
わか者はつかれきった顔をしていました。
「そうかい。わしにできることは、お地ぞう様にお願いをすることぐらいだ。」
そう、言って、おしょうさんはお地ぞう様にいのり始めました。わか者もいっしょになっていのりました。
 夕方になっても、子どもは生まれる様子がありません。おしょうさんは、お地ぞう様をお寺にお連れすることにしました。
 おけに乗ったお地ぞうさまをわか者とおしょうさんが、「よいしょ。」と持ち上げようとしたとき、とつぜん、すとんとおけの底がぬけました。同時に、
「オギャー、オギャー。」
元気な赤ちゃんの泣き声です。
「生まれた!」
わか者とおしょうさんは大喜びで、赤ちゃんのところへとんで行きました。
 まるまる太った赤ちゃんが、顔を真っ赤にして元気よく泣いていました。
「きっとお地ぞう様がカを入れて助けてくださったんだ。」
 それから後、近くの村の人々は、正覚寺にまつられたお地ぞう様に、「おけの底がぬけるぐらい楽に、子どもが生まれますように。」と、お参りに来るようになりました。そして、願いがかなうと、「無事に生まれました。ありがとうございました。」
と、言って、うす板で作ったひしゃくほどの大きさの輪っばを、お礼におさめるということです。

ふるさとのはなし とよかわ(豊川市発行)より引用


正覚寺

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