● 子だが橋の話 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 むかし菟足神社の風祭には、祭の前日の早朝、小坂井と下五井の境辺りにある小橋を最初に通る若い女の人を捕らえて、神に供える生贅(人身御供)の習わしがあった。
 ある年、贅奉仕の役にあたった男の人は、朝まだ霧の立ち込める街道の橋のたもとに身をひそめ、女の人の来るのを待ちかまえていた。
 辺りはだんだん明るくなり、霧もうすれてきたので、そっと立ち上がって見た。するとずっと向こうに女らしい人影が見えるではないか。だんだん近づいてきて、朝風にほつれるおくれ毛をかき上げながら歩いて来る様子もわかる。まだ年も若そうである。かっこうの贅のように思われた。
 息をこらしてよく見ると、それはよそへ嫁いだわが娘であった。娘は故郷の祭の楽しさを心に描き、父母をなつかしみながら、一刻も早く会わんとして、夜も明けきらぬうちに起きて、急いで来たのである。
 男の人は、驚きのあまり倒れそうになるのをようやくこらえたものの、ただ呆然としているうちに、娘は、はや橋にさしかかった。
娘は嬉しそうに
「お久しゅう………」
とかけ寄って来た。
 わが娘だからと見逃して神をいつわっては、神の怒りにふれるにちがいない。風が吹いて不作にでもなれば、村の人に申し訳ない。すがりついて衷を請うわが娘を「子だが」止むを得んと、歯をくいしばりふるえる手で捕らえ、櫃(ひつ)に入れて連れてかえり神に捧げた。
 この年、村は風もなく豊年だったというが、村の人たちは、その親子を気の毒に思い、誰言うとなく、その小橋を「子だが橋」あるいは「子断橋(こだんがばし)」と呼ぶようになったという。

小坂井町の史跡と文化財(小坂井町教育委員会発行)より引用 


子だが橋伝説地

菟足神社

一つ前へ戻る        HOMEへ戻る