●  出口の観音さん 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 昔々、三河の国を一人の行者さんがせなかに木の観音様をおぶって旅をしていました。遠くから歩いてきたのでしょう。黒い衣が、たいそうよごれておりました。今日も朝から歩きづめでした。昼近くになって、豊川の村の出口にたどりついた行者さんは、道ばたのスギの木の下に観音様をおろしました。
 「観音様、とおといあなたをおまつりするのにふさわしい場所をさがして旅をしてまいりましたが、ここぞと思う場所がなかなか見つかりません。もう少し、しんぼうしてください。」
 観音様は、やさしい顔で、行者さんの言葉をお聞きになっていました。
 「さあ、出かけましょ、観音様。」
 水を飲み、一息ついた行者さんが、観音様をせおおうと、帯をかたにかけました。ところがどうでしょう。今まで軽々おぶってきた観音様が、ずっしりと石のように重くなっていて、少しも持ち上げることができません。行者さんは、はたと思い当たりました。観音様は、ここがよいとおっしゃっているのだ。
 「だけど、観音様、ここらはごらんのとおりのあれ地です。村もまずしそうです。とても観音様をおまつりしてくれそうもありません。」
 行者さんは、もう一度カを入れて、観音様をせおおうとしました。けれども、やはり観音様はびくともしません。
 「観音様、本当にここがよろしいのでしょうか。」
 行者さんは、何度も何度も念をおしました。
 「わしはここが気にいった。まずしい村だが、村人は心のやさしい働き者である。心配するでない。」
 観音様のことばが聞こえたような気がしました。行者さんは、頭を深くさげると、ご真言をとなえながら、立ち去っていきました。

 日がしずみ、月がのぼりました。
 つかれきった足取りで、喜作さんが歩いてきます。朝から働きどおしです。
 「ああ、働いても、働いても・・・・いやになるなあ・・・・。」
 喜作さんは、たおれるようにスギの木にどっかともたれかかりました。ところがいつもとちがうのです。スギの木がやさしくだいてくれる感じです。おやっ、とふリむいて、びっくりしました。頭に金色のかんおりをつけ、十の顔をもった観音様が立っていらっしゃいます。月の光がかんむりにあたって、観音様はかがやいていました。
 ふと、観音様の足元を見ると、一枚の紙切れがありました。喜作さんは、字が読めません。この紙を持って名主様のところにとんで行きました。紙にはこう書いてありました。
 「この観音様は、十一面観音といってとてもありがたい観音様である。この土地がお気にめしたそうで、動こうとなさらないので、ここにとどめ置くことにした。きっとこの村の人たちをお守り下さるであろう。しっかりおまつりするように。」
 次の日、村の人みんなに、観音様のことが知らされました。
 「ほんに、リっぱな観音様だのん。」
 村の人は、手を合わせながらも、小さな声でささやきあいました。
 「そんなにここがお気にめしていらっしゃるなら、おまつりしてさしあげたいが。」
 「けど、おまつりするようにって言われても、こまったのん。」
 「わしんとこは、今年も年貢にごっそり取っていかれて、自分とこが食っていくのがやっとだでのん。」
 お堂を建てようと言い出す人は、だれ一人いません。観音様はそのまま野に置かれました。
 喜作さんは、観音様の前を通るたびに手を合わせました。そうすると、なんだか元気が出てきました。仕事から帰る時、観音様に話しかけました。
 「きょうも一日、おかげで無事働くことができました。」
 観音様のお顔を見ると、つかれがすうっととれていくように思いました。
 村の人たちも、喜作さんといっしょでした。観音様にお参りすると、みんななんだかカが出てきて、病気もしないで働くことができました。
 お堂は建ててさしあげれないけれど、村の人は観音様の周りの草やささをかリ、かきねを作っておまつりしておりました。
 観音様を野ざらしのままにしておいては申しわけないと思いながら、それ以上のことはできませんでした。いつしか、かんむりの光もにぶくなり、お 体にいたみが目立つようになりました。村の人たちは、こんな様子を見て心をいてめていました。
 何年かすぎた年のことです。今までだれもロに出さなかった、お堂を建ててさしあげようという声が、だれからともなく出てきました。
 「今すぐには、建てられんが、毎月みんなで集まっておまつりして、そこで少しでもお金を出し合ってためてはどうだのん。いっぺんには出せれんが、少しずつなら出せるだらあ。」
 それから、みんなは毎月、三文ずつ出し合いました。これでは、なかなかたまりませんでしたが、お堂を作って観音様をおまつりしたい気持ちは、強く大きくなっていきました。
 村の人の願いがかない、お堂が建ったのは、それから32年後のことでした。今からおよそ290年前のことです。観音様のいたんでいたところも、なおしてさしあげました。
 くらしもだんだん楽になり、村をあげてのにぎやかなお祭りも開かれるようになりました。

ふるさとのはなし とよかわ(豊川市発行)より引用 


光明寺観音堂

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