●  羽衣の松 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 ずっとむかし、行明の里にひとりの若者がすんでいました。
 ある日のことです。 とよ川べりの千本やなぎ原へつりに行くとちゅう、どこからともなくよいにおいがしてきました。
「おや。」
 若者があたりを見まわしますと、1本の松の木のあたりが光り、そこには見たこともない美しいころもがかかっていました。
「おお、これはめずらしいものだ。」
 若者は、あたりにだれもいないことをたしかめると、
「持ち帰って家の宝にしよう。」
といいながら、ころもを持って急いで家に帰り、からぴつのそこふかしまいました。
 ところが、そのばんのことです。
 ぐっすりねこんだ若者の家の戸を、トントンとたたくものがいます。
 若者は、はじめ気づきませんでしたが、やがて目をさまし、戸を聞けました。 すると、そこに若い女が立っていました。 女は、
「今夜 ひとばんとめてくださいませんか。」
と小さな声でいいました。
「せまいところだがどうぞ。」
 夜中でもあるし、若者はとめてやることにしました。 しかし、その女はそのままそこにすみつき、ふたりはなかのよいふうふになりました。

 やがて男の子が生まれました。 男の子はびょう気ひとつせず、すくすくそだち、親子はしあわせな毎日をすごしました。
 7年の月日がたちました。 男の子の7さいのたんじょう日の夜のことです。 その夜は芙しい十五夜の月が出ていました。
 急に女がいいました。
「おまえさんがむかし、とよ川べりで見つけたという羽衣を見せてくださいな。」
「羽衣?」
 若者は、もうころものことはわすれていました。 でも、そういわれると自分も見たくなり、からびつのそこからころもをとり出し、見つけた時のようすをとくいになって話しながら、床の間にかけました。
 すると、なんともいえないよいにおいが、へやいっぱいに立ちこめました。
 そのときです。 そのころもを身につけた女は、あっという間にふわりとまい上がり、まどから外に出て行くではありませんか。
 あっけにとられて見まもる若者のまえを、どこからかながれるふしぎな音のしらべにのって、女はしだいに空高く上がって行きます。
 ぼんやりと立つ若者の耳に、ききなれた女の声が聞こえました。
「わたしは天女でした。 長い間、なかよくくらしてきましたが、きょうかぎりで おわかれします。 形見に人形と茶の実をおいていきます。 
 人形はわたしと思ってだいじにしてください。 茶の実はにわにまき、子どもがびょう気になったらせんじてのませてください。 きっと元気になります。」
 天女のすがたは月の光につつまれて、だんだん見えなくなりました。
 やがて、朝になりました。 にわには女のことばどおり、人形と茶の実がおいてありました。
 茶の実をにわにまくと、茶の木がつぎつぎとしげりました。
 ふしぎなことに、 茶の木は片葉でした。 このことは、母のないかなしさをあらわしているのでしょうか。 この葉をせんじてのんだ男の子は、元気にすくすくと大きくなりました。
 やがて おとなになった男の子は、弓の名人となり、おとのさまから星野勘左衛門行明という名をもらい、さむらいになったということです。
 それからこの あたりを星野の里とよふようになり、行明の地名がついたといわれます。
 また、形見の人形は、星野勘左衛門行明の子孫といわれる、行明の平尾さんの家にのこっています。 茶の木は、ざんねんなことにかれてしまいました。 いまの行明町のすさのお神社にある星野大明神は星野勘左衛門行明をまつったものともいわれています。
とよかわのむかしばなし(豊川市小中学校社会科研究グループ発行)より引用


羽衣の松

一つ前へ戻る           HOMEへ戻る