● 大池の水神さま 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 石巻山から向山にかけて広い水田が見わたすかぎり続いている。その向山の中ほどに、昼間でも薄暗く草木の生い茂る大きな池がある。その池の近くに、それは美しい娘が、やさしい両親と幸せに暮らしていた。
 ある年、ひどい日照りで、田んぼがすっかり干上がり、百姓たちは東の山腹に見える石巻神社に向かって雨乞いをする毎日だった。しかし、さっぱりきき目はなかった。
 そんなある日の昼下がり、お父っつぁんは大池に通ずるあぜ道を一人娘といっしょに、からからに干上がった自分の田んぼを眺めながら、ため息まじりに歩いていた。2人は大池まで来て、1ヶ所だけ青く澄んだきれいな水のたまっている場所で一休みした。昔から、そこは水がかれてなくなることは1度もなかった。そこには「池の主が住んでいるからだ。」と言われていた。
 2人が腰をおろして間もなく、おおい茂った葦(よし)がかさかさと風にゆれた。ふと見ると小さな蛇がかま首を上げて、じっとこちらを眺めていた。おどろいたお父っつぁんは、こんなに辺りの水がなくなり、作物が枯れかけて困っているのに、この池だけは水の心配もなく、蛇がのんびり暮らしているとは、こいつは、きっと大池の主(ぬし)に違いあるまい。そう思ったお父っつぁんは、とっさに、
「どうだ、お前が雨を降らせてくれたら、おれの可愛いい一人娘をお前の嫁にやってもよいが‥・」
と話しかけた。
 蛇はしばらくびっくりした顔でお父っつぁんと娘を眺めていたが、やがてうなづいて静かな水面をゆっくり泳いで反対の茂みの中に姿を消していった。
 それから間もなく、石巻の方から空一面に黒雲が広がり、大池のまわりにもざあざあと雨が降り出した。あっという間に大池は水があふれ、その水が遠くの田んぼまでくまなく行き渡り、村はすっかり緑につつまれた。村の衆は小躍りして喜んだ。
 それから数日たった夕暮れ、お父っつぁんの家に立派な着物を来た若者が訪ねてきた。
「わたしは、この間、お父っつぁんの願いを聞いてあげた蛇の化身です。今日は、約束通り娘さんを貰いに来ました。」
 お父っつぁんは、まさかと、すっかり驚いてしまった。それを側で聞いていた娘は、あまりのお父っつぁんの困り果てた姿に、
「お父っつぁん、約束は守らにゃいかん。わたしはこの人の申し出を受け、お嫁になるがね。」
 こうして娘は大池の主の嫁となり、大池に住むようになった。
 それから年月が過ぎ、大池のほとりに彼岸花が咲くころ、2人は仲良くお父っつぁんのところにやってきた。
 お父っつぁんも、おっ母さんも久しぶりに娘に会い、嬉しくて婿(むこ)が蛇だったことを忘れてご馳走し、親子4人は本当に楽しく夕めしを食べ、やがて夜もふけ床につくときになって、娘がお父っつぁんに話しかけた。
「わたしら、もう寝るけど、部屋の中はどんなことがあっても見ちゃあいかんでね。」
娘は何度も何度も強く念を押した。
 お父っつぁんは娘の言葉が頭にこびりついてなかなか寝つかれなかった。ふしぎなもので念を押されれば押されるほど、かえって見たくなるもので、夜中になって、ふと、ふすまごしに娘たちの部屋をのぞいてしまった。すると、お父っつぁんの目に映ったのは、ひとかかえもある大蛇が2匹、部屋いっぱいにくねくねと、しっかりからみあって寝ていた。
 腰を抜かさんばかりに驚いたお父っつぁんがあわてて振り返ると、おっ母さんも一心不乱に念仏をとなえておった。
 お父っつぁんも娘が蛇になってしまったからには悲しんでいても仕方ない、娘の幸せを願い、ただただ仏さまに向かい手を合わせ、ひたすらおがむばかりであった。
 そして朝になり、娘は両親の前に両手をつき、淋しそうな顔をしてこう言うのだった。
「あれほどお父っつぁんにたのんでおいたのに、お父っつぁんたちに、わたしたちの寝姿を見られてしまい本当に悲しいことです。わたしたちは、もう2度とここには来られんでね。そのかわり、大池の水だけはみんなが困らんよう、いつも大池いっぱいにして田んぼに流すようにするでね。そうして、きれいな大池の水が日に輝きキラキラ光っていればわたしたちが元気にくらしていると思って安心してね。そいじゃあ、お父っつぁんも、おっ母さんも、いつまでも達者でね。」
 あわれにもしょんぼりと肩を落とし、涙を流して見送る両親を後に、娘たちは秋の虫が鳴いている大池の方へふり返り、ふり返り帰っていった。
 それからというもの、大池はどんなに雨が降らない日が続いても、いつも満々と水があふれ、田畑はうるおい、村の衆らは一度たりとも水に不自由することなく、安心して百姓仕事が出来るようになり、みんな楽しく平和にくらしたと言う。
 その後、村の衆は、これも大池の主のおかげだと薄暗い大池の水口に常夜燈を建て、静かな水面にほのかな明かりを照らしつづけたそうな。今もこんもりと茂る池の西のほとりに、その常夜燈がお地蔵さんと並んで立っている。

 とよはしの民話(豊橋市教育委員会) より引用 


向山大池

水神さま

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