● 二ノ午大祭の絵馬 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 江戸時代のこと、三河国、小松原村に働き者の惣吉という男がいた。 惣吉は、毎日、畑に出て一生懸命に野良仕事に精出しても、女房や10人の子どもたちに、満足に飯を食わせてやることもできなかった。 村人たちは、惣吉のことを
   村の惣吉ゃ働き者よ 畑は耕せど 実はならず
   なぜか子宝に恵まれて ひーふーみーよー
   いーむーなー やっつ ここのつ とどめの留よ
   それでもとまらず 10番目は末吉さ
などと嘩し歌をつくり、歌われるほど子宝に恵まれた。
 惣吉は、畑を耕し、種まき、草取り、肥えやりと、毎日せっせと働いた。また、新しい畑を作ろうと荒れ地を耕した。けれども、痩せた畑では野菜は育たず、開墾もはかどらず、このままでは家族を養っていけないと、大切にしてきた家宝の「壷」を手放し、農耕馬と交換した。
 馬を手に入れた惣吉は、(これで農作業もはかどるぞ)と喜んだのもつかの間、頭を抱え込んでしまった。馬はとんでもない暴れ馬で、馬屋につないでおけば手綱を引きちぎり、馬屋を飛び出し、惣吉の畑どころか、地主の畑や隣近所の畑まで荒らしまわっていた。 そんな日が幾日も続き、困り果てた惣吉が途方に暮れていると、埃まみれの衣を身にまとった旅の僧が現れ、惣吉に声をかけた。
「これ百姓、お前の悩みを解き明かすには、東観音寺の馬頭観音にお願いするがよいぞ」
と静かに言うと、経を唱えながら東の方へと去っていった。
 惣吉は藁にもすがる思いで東観音寺を訪ねた。 東観音寺には、馬頭観音があった。
 惣吉は和尚に、ことの一部始終を話した。 すると和尚はニコニコ笑いながら、
「そりゃあお困りじゃのう。馬頭観音さんに絵馬札を奉納し、お参りしなさい」
と言われた。 惣吉は絵師にお願いし、立肺な絵馬を描いてもらい、大きな絵馬札を奉納した。
そして、毎日、馬頭観音を参拝したが、暴れ馬は一向に静まらなかった。
 惣吉は、再び和尚に相談した。 すると、和尚は惣吉が奉納した絵馬札を見ながら、
「馬が暴れるのをやめない理由は、この絵にあるのじゃあないかな」
と言う。惣吉は、奉納した絵馬をじっと眺めていたが、やがて絵馬札を取り外すと絵師の所に走り、立派な絵馬に負けないくらい立派な手綱を描き加えてもらった。 それを奉納すると、暴れ馬が静まるようにと和尚に祈祷をしてもらった。
 それから、暴れ馬が嘘のように静かになり、よく働いた。 働き者の惣吉と、馬が一緒になって農作業に励み、子だくさんの惣吉一家の暮らしも、日に日によくなり、家族みんなが馬を大切にした。
惣吉が奉納した絵馬札が、「二ノ午大祭」の絵馬札となっているか定かでない。
 豊橋の民話「片身のスズキ」(豊橋市図書館発行) より引用 


東観音寺

二ノ午大祭

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