● 豊川を流れた黒牛 前のページへ戻る   HOMEへ戻る   東三河の伝説・昔話へ 

 ある年、三河に大雨が降り、豊川がにわかに暴れだした。 いつもは緑色に輝いている豊川の水が、黒く濁り、今にも堤を飛び出しそうなほど、ごうごうと音を立てて流れた。
 人々は、自分の田畑を心配し、豊川の堤に登り、流れを見つめていた。 豊川の怒りが収まるのを、じっと待つしかなかった。
「ほい、こんども危ないのん。 また、霞堤から水があがって、田畑に水がつくかもしれんに。どうしたもんかのん」
「こう、たびたび水がついたら、わしんとうの暮らしは、苦しくなるばかりだぞん。 困ったもんだのん」
 村人たちが豊川を眺めながら、深いため息をついていた時だった。 川上の方から、何やら黒いものが流れてくる。
「なんだん、あれは。 おや、牛だ。黒い牛だ」
「あんなにこんきそうな顔しとるで。 助けてやらにゃあ」
 黒牛はだんだん近づいてくる。 村人たちは、大慌てで木の棒やら草の蔓やらをひろうと、黒牛に向かって投げてやった。 何度も何度も投げたが、なかなか黒牛に届かない。 やがて、村人たちはあきらめ、なすすべもなく立ちつくした。 ごうごう響く川の音と、ぴしぴし降りつける風雨の音が、あたりに響きわたっていた。
 突然、1人の村人が黒牛を指さして大声で叫んだ。
「あの牛、角からなんかさげとるぞん」
「おお、あれは、祠だ。 こりゃ、たまげたのん」
 1人、また1人と、村人たちは、里牛に向かって手を合わせた。 村人たちは黒牛の無事を祈り、見守ることしか出来なかった。
 黒牛は、暴れる水に飲み込まれそうになりながら、川岸へと流されてきた。
「こっちにくるぞ。 大変だ。 祠をさげとるつちゅうことは、神さまのお越しだで、お清めせんと」
 村人たちは、祠をさげた里牛をお迎えするために、川岸をきれいに洗うと、流れ着いた黒牛を、みんなで岸に引き上げ、身体をていねいに洗い清めた。 しかし、黒牛は力つきて死んでしまった。
 大雨が止んだ後、村人たちは、心をこめて黒牛を葬った。 そして、その場所に松の木を植えた。 黒牛の角にかけられていた祠は、村人たちによって高台の神社に移され、祀られた。
 いつしか、黒牛が流れ着いた辺り一帯を牛川と呼ぶようになった。 そして黒牛を清めた地は洗島、 松の木を植えて黒牛を葬った地を松下と呼んだ。
 豊橋の民話「片身のスズキ」(豊橋市図書館発行) より引用 


牛川の渡し

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