● アナドばあさん 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 ヤブツバキの真っ赤な花が落ちている石段を上がった所に「嵩山の蛇穴」と呼ばれる大きな岩穴がある。穴はどこまでも続いており、山をいくつも越えた長野の善光寺までつながっていると言われていた。
 昔、この穴に大蛇が住んでいた。大蛇は1年に1度、大みそかに、穴を伝って善光寺参りに出かけた。信心深い大蛇に善光寺さまは、山の上にお日さまが輝いている間だけ、人間に姿を変えてよいとお許しになった。大蛇が変身したおばあさんは、いつも穴の近くで日向ぼっこをしていた。
「はて、どこのおばあさんだったかのう、見かけぬ顔だ」
 いつの間にか村人たちは、そのおばあさんを「アナドばあさん」と呼ぶようになった。しかし、アナドばあさんが、夜は大蛇に戻っているとは知らなかった。
 ある年の12月31日、村の若者が石段の近くに生えている「バクチノキ」の葉を取りにやって来た。バクチノキの葉は煎じて飲むと咳が止まる薬なのだ。
 「おや、今日はアナドばあさんは留守のようだな」
 若者は、穴に入ってみたくなった。ロウソクの明かりでしばらく行くと、やっと目が慣れてきた。すると鍾乳石のしずくがポタリ、ポタリと頭をぬらしたり、コウモリがヒュッと飛んで来たりして驚いた。若者は、どんどん穴の中に入っていくと鍾乳石の作った見事な竜や亀、黄金の柱、清らかな泉が次々と現れて不思議な世界に引き込まれていった。ロウソクが消えかかり、あわてて引き返そうとした。だが、どちらへ行っても行き止まりのサカ穴ばかり、さあ大変、帰る道が見つからんのだ。
「落ちつけ、落ちつけ‥・。そうじゃ、金毘羅さまにお願いをしてみよう。金毘羅さまは1日に3人だけ命を助けてくださるとじいさまから開いたことがある。金毘羅さま、金毘羅さま、2度と穴には入りませんから、どうぞお助けくだされ」
一生懸命祈った。
「おーい、おーい、だいじょうぶかぁ」
 どれほど時がたったか、村人の声が風にのって聞こえてきた。こうして若者は、やっと助けられた命を大切にせっせと働いた。時々、バクチノキの葉を取りに穴の近くまで来たが、それからは1度も、アナドばあさんを見かけなんだ。
 若者は、「アナドばあさん、善光寺さまのそばで暮らしているかもしれんなあ」と穴のまわりを見まわした。
 今でも、大蛇が変身したアナドばあさんがいつ戻ってくるかも知れないので、「高山の蛇穴には1度も入ったことがない」と言う年寄りが居るそうだ。

 豊橋の民話「片身のスズキ」(豊橋市図書館発行)より引用 


嵩山の蛇穴

バクチノキ

一つ前へ戻る        HOMEへ戻る