● 一里山の大グモ 前のページへ戻る   HOMEへ戻る 

 三河と遠州の国境に一里山という所がある。そこには1軒の茶屋があり、江戸時代、東海道を旅する人たちが、「ここらでいっぷく」と休んでいった。
 茶屋の主人は働き者で、旅人のためにお茶を用意したり、おいしいまんじゅうを作っては、旅人たちをもてなした。
 いつの頃からか、茶屋の近くの森に、大グモが住みつき、旅人を襲ったり、近くの百姓たちが大切にしている家畜の血を吸っては、人々を苦しめ、困らせていた。茶屋の主人も困り果て、何とかしなければと、茶屋に立ち寄る強そうなお侍さんに、
「大グモを退治してほしい」
とお願いしたが、誰もが大グモを見ると逃げ出してしまった。
 ある日、東の方から諸国を旅する1人の武芸者がやって来た。この武芸者は年も若く、たいそう強そうに見えたので、茶屋の主人は、
「お侍さま、この先の森に、そりゃあ、とてつもなくでっかい大グモが住みつき、人を襲うは、家畜の血を吸いとり殺すはで、ほとほと困り果てていますのじゃ。お侍さま、どうか村の者、旅の人んとうのために大グモ退治をしてはもらえませんかのう。この年寄りの願いを聞いちゃあもらえんじゃろか」
と武芸者にお願いした。
「よく解った。安心するがよい。私が、その大グモ退治をいたしましょう」と、若い武芸者は快く引き受けてくれた。やがて、茶屋の先の森に入っていったかと思うと、大グモを見つけ出した武芸者は、大グモを恐れもせず、一刀のもとに退治してしまった。
 茶屋の主人も村人たちも武芸者の強さに驚き、大グモが退治されたことをたいそう喜び、それからというもの、一里山の村人たちは安心して畑仕事に精出し、せっせと働いた。
 また、茶屋の主人や村人たちは、あれほど多くの人を苦しめ、困らせてきた大グモであるが、命をなくしたとなれば、やはり、その霊を弔ってやろうと、一里塚に小さな祠を建て、毎日、代わる代わる花を供えては供養した。
 今でも細谷町一里山の一里塚跡には、小さな祠が、椿の生い茂るヤブかげに、ひっそりと建っており、土地の人々は、ここを「パケ」と呼んで、大グモの話を言い伝えている。

 豊橋の民話「片身のスズキ」(豊橋市図書館発行) より引用 


一里塚

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