● 片身のスズキ 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 昔々、吉田の里に五郎という漁師が住んでいた。
 五郎は、いつものように豊川に漁に出かけた。ところが、どういうものか小魚一匹釣れなかった。次の日も、また次の日も漁はなく、骨折り損のくたびれもうけだった。それでも五郎は毎日かかさず豊川に漁に出かけて行った。
 豊川のほとりで生まれ、育ち、豊川を漁場として生業をたてている五郎には、10日、半月、魚が釣れずとも漁場を代えようとは思はないが、雑魚一匹釣れないのは何か理由があるだろうと気になっていた。
「今日で何日目だろう。こんなに魚に嫌われちゃあ、俺んとう漁師はおまんまの食い上げじゃ」
と、五郎がつぶやいた9日目の朝のこと、五郎の竿がいきなり大きくしなった。そりゃあ、びっくりするほどの手応えだった。
「きた、きた、きた。お前だなあ、お前のために、ここの魚んとうが何処かに散らかってしまったぞ。お前を逃がす訳にゃあいかねえや、俺んとう漁師の生活が掛かっとるでな」
 しばらくの間、五郎と魚の激しい戦いが続いたが、やがてとてつもなくでっかいスズキを釣り上げた。五郎は釣り上げたスズキを魚篭に入れると、大急ぎで家に持ち帰り女房に見せた。
「あんた、吉田のお殿様は、スズキの刺身が大好きだちゅうで、お城にさし出し、お殿様に喜んでもらっちゃあどうだん」
「ああ、俺もそう思っとるぞ。何たって豊川で釣り上げた自慢のスズキだ。お城に届ける前に、まずはお前にみせたくてな」
と言うと、五郎は自慢のスズキを早々にお城に届けた。
 お城では、料理番の男たちが、貰ったばかりのでっかいスズキを刺身にしようと、庖丁を研ぎスズキをまな板の上にのせた。そして、サーと片身をそいだ途端、スズキは元気よくビョーンと跳ねると、片身のままお城の裏を流れる豊川に跳び込んでしまった。
 さあ大変。料理番たちは大慌てでタモを取り出し、片身のスズキをすくおうとしたが、川に跳び込んだスズキは、片身のままで、川底へ泳いでいってしまった。
 片身のスズキは、そのまま長く城下に住みつき、この豊川の主となったと言われている。

豊橋の民話「片身のスズキ」(豊橋市図書館発行)より引用 


吉田城

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