● 大根流し 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 江戸時代の頃、吉田の宿に真田ひもを編んで暮らしをたてている幸助という男がいた。 幸助が生業としている真田ひもは、信州上田の郷で真田幸村公が領民に奨めて編ませたのが始まりだといわれている。
 幸助は真面目な男で、神仏を深く敬い、毎日を感謝しながら仕事に励んでいた。 ただ、幸助は生まれつき喘息という病気を持っていたので、いつも咳をしていた。 ことに秋から冬にかけては、はた目にも苦しそうだった。
「幸助さん、今日のあんばいはどうだん。 すこしはましかん」
と仕事に行く人々が声をかけてくれたが、ひどいときは、返事もできず、背中を丸めて激く咳こんでいることもあった。
 ある年の暮の12日のことだった。 その日、幸助はなんだかとても心地よく、冬には珍しい暖かな陽差しにつつまれて部屋に座っていた。 なんだか、今日は不思議な日だなぁと思っていると、正面の襖が開いて、一人の立派な武将が部屋に入ってきた。 幸助は何事だろうと、ただただ驚いみ見ていると、それは日ごろから敬っている幸村公ではないか。 突然の出来事にびっくりして額を床にすりつけ、ひれ伏していると、幸村公は、
「幸助、お前が喘息の持病で苦しんでいるのを本当に気の毒に思っている。 お前はいつも正直に、真面目に仕事に励み、神仏への信心も厚く感心しておる。 それに報いて、わたしが難病を取り除いてやろう。 病を除くには、天の水と地の水が合流し、東南より東北に流れて、途中二つ以上の橋をくぐつて海に流れ込む川を探しあて、その川に自分の名前と真田幸村様行きと書いた大根を流すことじゃ。 そうすれば喘息はたちまちなおるであろう」
と言われると襖の奥へ消えていった。
 幸助は、不思議なできごとに、恐る恐る顔をあげてあたりを見回すと、いつもの住み慣れた自分の家にいるではないか。 よくよく考えてみると、発作の苦しさから逃れようと一心に祈っていて気を失い、倒れていたようだ。 幸助は、お告げの場所を探しだそうとあちこち歩き回り、杉山村でお告げの川を探し当てた。 そこで教えられたとおりに大根を流したところ、あれほど長い間苦しんでいた喘息の発作が2、3日すると嘘のようになくなった。
 この噂を聞き、喘息に苦しむ人たちが大根をもって、この地にお参りにくるようになった。 また、村の人たちも信州上田村の真田神社から神霊をお迎えし、真田神社を建立し、毎年12月12日に加持祈祷のお祭が行われるようになった。

 豊橋の民話「片身のスズキ」(豊橋市図書館発行) より引用 


真田神社・真田祭

一つ前へ戻る        HOMEへ戻る