● 野依八幡社と経本 東三河の伝説・昔話へ   前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 ある年のこと、いく日もいく日も大雨が降り続き、とうとう梅田川の堤防を乗り越えて、野依村まで大水が押し寄せて来た。 野依八幡社も、あれよあれよという間に濁流の渦に巻きこまれてしまった。
「八幡社の御神体は流されやせんか、見てきたいのん」
「豊前国から分けてもらった神さまだもん、ほっとけんぞん」
氏子たちは、居ても立ってもおられなかった。
「お経本の置いてある蔵の中まで水が入って来たずらか。 そのまんま残っとるとありがたいけどのん」
 僧侶も心配になり、隣のお寺と連絡を取り合った。 水が引きはじめると氏子や僧侶たちは、八幡社へ飛んでいった。 ごみや流木をかきわけて蔵にたどりついた時、被害のひどさに驚いた。
「経本が見当たらん。 こんなにひどい洪水は初めてだぞん」
みんなで捜したが経本は見つからなかった。
「昔の洪水じゃあ、寺の桶が芦原新田に流れついたと聞いたぞん」と言う人もいた。
 大洪水の後始末を終えかけたある日、伊勢皇太神宮の宮司から、
「伊勢の浜辺に打ち寄せられた経本を調べたら、三河国野依八幡社蔵所有とわかりました。 お困りでしょう。 すぐにお届けします」という知らせが入った。 伊勢の浜辺の人がこれを見つけ、伊勢神宮に届けてくれたお陰だった。 こうして経本は無事に八幡社へ戻ってきた。
「経本といい、わしら村の衆といい、昔から伊勢とはご緑が深いぞん。 ありがたいことだのう」
村人は、心のそこから手を合わせた。
 その後、「般若経六百巻(教本)が全巻そろっていれば国宝本といわれる」という話が、村人に知られるようになった。 経本にくわしい人が、
「中国の本だげなよ。 仏教のもとになる教えがつまっておるぞん」
「比叡山栄山寺のお坊さんによって伝えられたと聞いとるがのん」
と口々に言った。 その話を聞いた村人は、「おらが八幡社はなかなかのもんだ」と思うようになった。 しかし、経本は古くなり、使えるものは1冊もなかった。 そこで、村人が寄りあって相談し、般若経600巻を揃えた。
 今では、嵩山寺と東雲寺で保管され、毎年、両方のお寺で交互に転読されている。
 豊橋の民話「片身のスズキ」(豊橋市図書館発行) より引用 


野依八幡社

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