● おしいばち 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 昔々、神代の時代のこと。
 天照大神の言いつけで、6人の神々が、海手の賊を退治するために、航海に出た。向かうもの敵なしの勢いで、悪者たちに立ち向かっていた神々に、突然の不幸が襲ってきた。航海中、暴風雨に見舞われてしまったのだ。飢えと寒さに震えながら、漂流すること十数日、やっとたどり着いたのが植田の海辺だった。
 命からがら岸にはいあがった神々は、助けを求めて歩き続けた。ようやく見つけた里人の家の前まで来ると、手を合わせて頼んだ。
「食べ物をわけていただきたい」
 しぼり出すような必死の声に、里人はそっと戸のすきまからのぞいてみた。
「何ということだ! 賊かもしれないぞ」
着ているものは破れ、髪の毛もひげもぼうぼうだ。落ち込んだ目だけが、ギラギラと光っている。
あやしげな姿に恐れをなした里人は、そっと裏口から抜け出すと里の人々に急をつげてまわった。
「食べ物を恵んではならんぞ。早く村から追い出してしまえ」
 その夜、里人の家は、どこも固く戸を閉じて開かなかった。
 6人の神々は、世の無常を嘆き、動く気力もなく地に伏して泣いた。
 翌朝、東の空が明け始めるころ、里人たちは、森外れの木陰で固く抱き合っている6つの亡きがらを見つけた。びっくりした村人たちが、冷たくなった亡きがらを調べてみると、高貴な神々であることがわかった。
「なんと、むごいことよ。知らぬこととはいえ、悪いことをしてしまった」
 里人たちは、自分たちの罪の深さを悟り、心をこめて6人の死を弔い塚を建てた。これが、車神社の境内にある「ひさご塚」だといわれている。
 毎年、10月29日の祭礼には、「おしいばち」といわれる神事が今も大切に受け継がれている。
 当番に当たる人たちは、夜明けごろから大釜でご飯をたき、客側を待ち受ける。客たちは、裃に身を固め、特大の親碗に盛り上げたご飯をいや応なしに食べなければならない。一粒でもこぼしたり、食べ残したりは許されない。凶年になっては大変だからだ。早くきれいに食べれば食べるほど豊年だといわれている。
「決して食べ物を惜しんだのではありません」
 6人の神々を餓死させたことへのお詫びの意味が込められると共に、この神事が長い間受け継がれてきたのは、白米に対する願望と、感謝の意味がこめられている。

 豊橋の民話「片身のスズキ」(豊橋市図書館発行)より引用 


車神社

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