● 米山(よねやま) 前のページへ戻る   HOMEへ戻る 

 昔、戦いが続いた頃のお話だ。頼朝が、京の都へ行くために、船形山を越え、岩崎の地へ下る道に軍を進めていた。
 だが、敵の軍は岩崎の地に待ちうけていた。頼朝はひとまず山の中にもどり、砦に立てこもり、敵のようすを見ることにした。一向に現れない頼朝の軍に、しびれをきらした敵は、山の中では、水がなければ家来も馬も弱る。水を取りに来られないように、川の流れを変えてしまった。
 困った頼朝は家来をつれて、夜中に砦を抜けだした。峠を一つ越えたところに、多米という地があり、大金持ちがいた。
 朝日さす 夕日かがやく 榊のもと 黄金千ばい 朱千ばい
 村人はこんな歌を作り、長者をうらやんでいた。頼朝は長者を訪ね、米を分けてくれと頼んだ。長者は、「水攻め」にあっている頼朝が、水ではなく米がほしいと言うのを、不思議に思ったが、よくよく考えて夜中にやって来たのだろうと、何も聞かずに倉の米をどっさり馬に乗せて送り出してやった。
 米とともに砦に戻った頼朝は、夜明けをひたすら待った。空が明るみ始め、岩崎の地より砦がよく見えるところに、米を運ばせ馬を集めさせた。用意はすべて整った。
 朝日が馬の背にキラリと輝いた時、頼朝は号令をかけた。家来たちはいっせいに米を馬の背にサラサラ、サラサラとかけ始めた。
 岩崎のふもとの敵たちは砦を見上げ、びっくりぎょうてんした。
「あれあれ、水がないはずだが、じゃぶじゃぶ馬を洗っているではないか」
白い米が水の流れに見えたのだ。
「どこから水を引いたものやら、山の上に湧き出したものやら」
「さすがは、源氏の大将だ。水攻めの作戦もまったく効き目がないぞ」
敵はすっかり元気をなくし、軍を引いてしまった。こうして敵を追い払った頼朝は、京の都をめざして旅立っていった。
 それから、岩崎より見上げる砦のあった山を村人は「米山」というようになり、神社に米山大明神を祀っていたが、頼朝が乗っていた馬の鞍を収めたので、「米山神社」は改められ「鞍掛神社」となった。

 豊橋の民話「片身のスズキ」(豊橋市図書館発行) より引用 


鞍掛神社

一つ前へ戻る        HOMEへ戻る