● 関の小万 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 小万は関のお茶屋山田屋庄兵衛の養女だった。色が白く美しい少女で、気位が高く負けず嫌いだった。
「女だてらに男の真似ばかりして困ります」
「そう小言ばかり言わなくてもいい。小万はお侍の子じゃ。男っぽいことを好くのは当たり前だよ」
 養父の庄兵衛は叱るどころか亀山藩の剣術道場に入門させた。小万は厳しい修業に耐え驚くほど腕を上げた。
 小万が赤子の時、母は関の宿で行き倒れになり庄兵衛に救われた。母は息を引き取る前に、娘が成人したら、親の仇を取らせてほしいと頼んだ。だから、庄兵衛は剣術を習わせた。
 その頃、近くの村の庄屋の息子が小万に思いをよせたが、小万は相手にしなかった。怒った息子は卑怯な手をつかい、小万に喧嘩を吹っかけてきた。こらしめてやるつもりだった小万は、誤って庄屋の息子を斬ってしまった。
 小万は捕らえられ牢に入れられたが、取り調べの結果、事情もわかり、許されて家へ帰された。庄兵衛は、小万を可哀想に思ったが、人を殺めた娘をこの関に置くことは出来ないと思った。そこで、小万の実父は武士で、名を飯村新九郎と言い、矢野権太夫に惨殺されたことを話し、亡き父親の仇を討つよう諭して旅に出した。
 小万は親の仇を探し東海道を下った。旅の途中、吉田の小間物南山田市郎右衛門と知り合った。市郎右衛門は小万の美しさにひかれ、一緒に旅を続けた。浜松近くまで来た時、小万は父の仇、権太夫らしき者を見付けた。年は60余り、頬の肉はげっそり落ちていたが、目印の左耳から頬にかけて赤黒い傷があった。小万は三方原の松林へと誘い込んだ。市郎右衛門は隠れて後を付けた。
「矢野権太夫、飯村新九郎を斬った覚えがあろう。新九即の次女小万じゃ、父の仇思い知れ」
 二人は激しく討ち合った。小万は傷を受けた。その時、市郎右衛門が権太夫の肩を斬り付けた。小万も力を振り絞って胴を突いた。
 本懐を遂げた小万は市郎右衛門と吉田に下り、市郎右衛門の妻となった。小万は小間物屋の店に出て化粧の紅売りを手伝った。まだ田舎の吉田では、紅化粧をすることは珍しかったが、美人の小万が売るので多くの客が来て、店は繁盛した。
 小万は六十余歳で病死した。その墓は関屋町の賢養院にある。

豊橋の民話「片身のスズキ」(豊橋市図書館発行)より引用 


賢養院

小万の墓

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