● お弓橋 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 八名郡牛川村(豊橋市牛川町)に、正左衛門という豪農がいた。正左衛門にはお弓という美しい娘がいた。お弓は年頃となり、義太夫が習いたいという。ほかならぬ愛娘の願いだったので、父親もそれを許した。
 お弓が出稽古を受ける師匠は、吉田城下の瓦町に住む、京之介という若い師匠だった。
 お弓と京之介、2人はどちらからともなく恋心を抱き、いつしか恋仲となった。
 お弓は京之介を愛する思いから、下男に命じて朝倉川に橋を架けさせ、京之介の通ってくる道を少しでも便利にしてやりたかった。それを知った正左衛門は、娘のことを心配し、心を痛めた。正左衛門は、2人をこのままにしておくのはお弓のためめにならぬと、京之介に出入りを禁じ、2人の仲を引き裂いてしまった。それからというもの、お弓と京之介にとって、辛く悲しい日が続いた。
 ある夜のこと、京之介はお弓に会いたい一心から、お弓が自分のために橋を架けてくれた辺りに、しょんぼりと姿をあらわした。この日は、前夜からの大雨で、朝倉川の水量が増していた。
 翌朝のことだった。正左衛門の家の井戸から、お弓の亡きがらが引き上げられた。お弓は毎日、京之介のことを思いつづけ、部屋にこもったまま泣き伏せていた。
 父には京之介のことを許してもらえず、思いあまって、とうとう井戸に身を投げてしまったのだ。
 その頃、京之介の溺死体が、朝倉川下流の豊川で発見された。その日から、夜ごと怪しい火が瓦町から牛川村の朝倉川へ、お弓のかけた橋の方へとふわふわと舞っていった。朝倉川の辺りに来ると、その怪しい火は2つになり、別れを惜しむようにもつれながら舞いつづけていた。それを見た人たちは、あの怪しい火は、「お弓と京之介の人魂だ」と言って同情した。
 正左衛門の家では、ふわふわ舞う火を気味悪がり、京之介の魂が朝倉川を渡れないように、お弓のかけた橋を下男に命じて取り外してしまった。その夜から朝倉川の両岸に、1つずつ怪しい火がやるせなげに狂い飛んでいた。
 正左衛門の家の者がこれを目撃し、主人に告げた。正左衛門は、お弓と京之介の魂が成仏できず、この世をさまよっているに違いないと思い、下男に命じて取り外したその跡に、新しい橋を架けさせた。そして橋の付近に、2人の供養塚を建てて手厚く供養した。それ以来、2人の魂も落ち着き、朝倉川の辺りに怪しい火は舞わなくなった。

 豊橋の民話「片身のスズキ」(豊橋市図書館発行)より引用 


お弓橋

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