● 傾城塚(けいせいづか) 前のページへ戻る   HOMEへ戻る

 その昔、竹腰三信がこの地に新田を開発しようとして、堤防の締切りをしたが失敗続きで困っていた時、一人の遊女(傾城ともいう)が通りかかり、「堤防を締切るには人柱を入れるとよい」といい、自ら人柱になることを望んだ。 
 三信は遊女の気持ちを受け、彼女に美服・美食を与え、悲しみに耐えて人柱にしたところ、たちまちにして堤防締切りに成功したという。
 三信は塚を築いて遊女を丁重に弔った。

 豊橋の史跡と文化財(豊橋市教育委員会発行) より引用 


傾城塚

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